あなたは今日、何回「考えすぎて」失敗しただろう
企画書のA案とB案、どちらで出すか。初めて会った相手を信用していいのか、距離を置くべきか。
「ちゃんと考えなさい」「感情で決めるな」「論理的に判断しなさい」。
私たちはそう教わって育ってきました。直観で動くのは浅はか、論理的に考え抜くことこそが正しい──そう信じて疑わない人は多いでしょう。
でも、その常識は本当に正しいのでしょうか。
脳科学や心理学の最新研究が示しているのは、むしろ逆の事実です。考えれば考えるほど判断の精度は下がり、最初の直観のほうが正しい。そんな、従来の常識を覆すエビデンスが次々と報告されています。
「直観の的中率90%」── テルアビブ大学の衝撃的な研究
「直観なんて当てにならない」。そう思っている人にとって、衝撃的な研究結果があります。
イスラエルのテルアビブ大学心理科学部のマリウス・アッシャー教授らの研究チームは、被験者に大量の数値情報を高速で提示し、瞬時の直観的判断で正しい選択ができるかを調べました。数値は1秒間に2〜4組のペースで次々と切り替わるため、意識的に計算している暇はありません。直観に頼るしかない状況です。
結果は驚くべきものでした。提示されるデータ量が増えるほど──つまり意識的な分析がますます不可能になるほど──直観の精度は上がり、最大で約90%の正答率を記録したのです。この研究はアメリカ科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載されています。
ここで注目すべきは、情報量が増えると直観が「曇る」のではなく「冴える」という事実です。意識的な論理思考では処理しきれない膨大な情報こそ、脳の無意識の演算能力が最も力を発揮する領域なのです。
将棋の世界が証明する「長考に好手なし」
「論理的に考え抜くほど良い判断ができる」という常識を、日本の将棋の世界は真っ向から否定しています。
将棋界には古くから「長考に好手なし」という格言があります。長く考えた手は良い手ではないことが多い、という意味です。
プロ棋士は一つの局面で約80通りの指し手の中から最善手を選びます。その先の展開を数十手先まで読むことも珍しくありません。しかし、理化学研究所の田中啓治チームリーダーらが行った脳科学研究「将棋思考プロセスプロジェクト」で明らかになったのは、驚くべき事実でした。
プロ棋士に将棋の局面をわずか1秒間だけ見せ、4つの選択肢から正しい手を選ばせる実験を行ったところ、プロ棋士は1秒という極限の短時間でも高い正答率を示しました。しかも、解答までの反応時間が短いほど正答率が高かったのです。
考える時間が短いほど正確──。これは「ちゃんと考えなさい」という常識の完全な逆です。
脳の中で何が起きているのか
では、なぜそんなことが起きるのか。
理化学研究所の同プロジェクトでは、プロ棋士とアマチュア棋士のMRI画像を比較しました。すると、アマチュアが意識的な思考を司る大脳皮質の「前頭連合野」だけを使っているのに対し、プロ棋士はそれに加えて、脳の奥深くにある「大脳基底核(尾状核)」という部位が活発に動いていたのです。
大脳基底核は、もともと「習慣的な行動」──たとえば自転車に乗るとか、キーボードを打つといった、身体が覚えた動き──を制御する部位として知られていました。しかし将棋のように、同じ局面がほとんど存在しない複雑な状況判断においても、この部位が働いていたのです。
つまり、プロ棋士の直観とは、長年の修練によって論理的思考のプロセスそのものが脳の深い層に「移管」された結果、意識を経由せずに答えに到達できる状態のことなのです。
羽生善治さん(現日本将棋連盟会長)は、まさにこの現象を棋士の実感として語っています。盤面を見た瞬間に二、三の手がひらめく。その直感に従って検証し、最善手を決断する。「考えて考えて、あれこれ模索した経験を前提として蓄積させておかねばならない」と述べる一方で、「長く考えているのは迷っているケースが多い」「直感には邪念の入りようがない」とも語っています。
論理的に考えると、なぜ間違えるのか
ここで重要なのは、「論理的思考が悪い」という話ではないということです。問題は、論理的思考を使うべき場面と、それが逆効果になる場面があるということ。
考えすぎることで判断の質が下がるメカニズムは、主に3つあります。
① 分析麻痺(analysis paralysis)
選択肢が多すぎる状況でAとBの比較を延々と繰り返すうちに、決断そのものができなくなる現象です。羽生さんが語る「迷宮に入り込む」状態がまさにこれです。AもBも十分に検討し終えているのに、「もしかしたら」とさらに別の可能性を探し始めてしまう。
② バイアスの混入
長く考えるほど、「勝ちたい」「損したくない」「周りにどう思われるか」といった邪念──認知バイアス──が判断に入り込みます。正常性バイアス(自分だけは大丈夫)、多数派同調バイアス(みんなと同じなら安心)、サンクコスト効果(ここまでやったから引き返せない)。これらはすべて、論理的に考えようとする「意識」の産物です。
③ 論理のすり替え
考え抜いた末に出した結論が、実は「論理的に正しい答え」ではなく「自分が選びたかった答えを論理で正当化したもの」にすり替わっていることがあります。これも長考の罠です。
メタ認知が「直観の品質管理」になる
では、直観を100%信じればいいのかというと、それも違います。
直観の精度は、その背景にある経験と知識の質に依存します。経験が浅い領域では直観の精度は当然低くなる。また、先に述べたバイアスが直観そのものを歪めることもあります。
ここで力を発揮するのが、メタ認知──自分の思考や感情を、もう一段上から観察する力です。
直観が浮かんだとき、「この直観はどこから来ているのか」「自分のバイアスが混入していないか」「この分野で自分は十分な経験を持っているか」と自分自身に問いかける。これは直観を否定する行為ではありません。直観の信頼性を自分で検証する「品質管理」です。
理化学研究所の研究でも、プロ棋士の直観回路(大脳基底核)が高い精度で機能するのは、1日3〜4時間の真剣な訓練を約10年間(約1万時間)積み重ねた結果であることが示されています。素人でも一定期間の集中的な訓練によって、同じ神経回路を発達させることができるという後続研究の結果も報告されています。
つまり、直観力とは「鍛えられる技術」であり、メタ認知はその技術の精度を管理するための上位スキルなのです。
じぶんみらいスタジオがメタ認知を基盤に据えているのも、まさにこの考え方に基づいています。認知行動療法の考え方を活かすためにも、まず「自分の思考を観察する力」が必要です。そしてその力は、日々の選択における直観の精度をも高めてくれます。
「なんとなく」の正体を知ったあなたへ
ここまで読んで、少し振り返ってみてください。
初めて会った人に「この人、なんか信頼できるな」と感じたこと。何時間も試着して買った服が結局タンスの肥やしになって、一目で「これだ」と思った一着ばかり着ていること。
こうした日常の「なんとなく」は、あなたの脳が膨大な経験データベースから超高速で導き出した、根拠のある答えです。
もちろん、進路選択や転職のように変数が多く人生を大きく左右する決断では、直観だけに頼るのではなく、論理的な分析との併用が有効であることも研究で示されています。大切なのは、場面に応じて直観と論理のバランスを自分で調整できる力──それがメタ認知です。
直観を「なんとなく」のまま放置するのではなく、メタ認知の力で観察し、検証し、信頼できるものに育てていくこと。そしていざというとき、その直観を信じて一歩を踏み出すこと。
将棋の世界で「長考に好手なし」と言われるように、私たちの人生においても、考えすぎることで失われるものがあります。
あなたの中に浮かんだ「最初の答え」を、もう少しだけ信じてみませんか。
※ 本コラムは、メンタリストDaiGo著『直観力』(リベラル社)から着想を得て、じぶんみらいスタジオが脳科学・心理学の一次研究(テルアビブ大学・理化学研究所等)を独自に調査・検証し、メタ認知の視点から書き下ろしたものです。
直観のメカニズムやトレーニング法について本の中でより体系的に学びたい方は、ぜひ本書を手に取ってみてください。
また、「自分の直観を信じられるようになりたい」「メタ認知を実践的に身につけたい」という方は、近日リリース予定の対面ワークショップ、そしてまだ詳細は明かせませんが、“特別プログラム”も準備中ですので、どうぞお楽しみに。また、現在じぶんみらいスタジオでは、個別セッションも受付中ですので、何かご相談や気になることなどございましたら、お問い合わせフォームよりご連絡ください(予約システム稼働後はシステム上でのご予約も可能となります)。
本コラムで紹介した本
参考文献:
- テルアビブ大学 Marius Usher教授の研究(PNAS掲載, 2012)
- 理化学研究所「将棋思考プロセスプロジェクト」(Science掲載, 2011)
- 理化学研究所プレスリリース「素人でも訓練によりプロ棋士と同じ直観的思考回路を持てる」(2012)
Amazonのアソシエイトとして、じぶんみらいスタジオは適格販売により収入を得ています。
